2015年3月25日 膵島移植に有効な新規膵島分離酵素成分の同定に成功
糖尿病治療における膵島分離のための新規酵素カクテルの開発に成功
-膵島移植による糖尿病治療の成績向上へ向けて-
【研究概要】
東北大学未来科学技術共同研究センター(大学院医学系研究科兼務)の後藤昌史教授、大学院医学系研究科先進外科の大内憲明教授、佐藤(田頭)真実医師、大学院医工学研究科の村山和隆准教授、bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@大学院農学研究院の山形洋平教授らのグループは、糖尿病を対象とする細胞移植治療である膵島
注1
移植に有効な新規膵島分離酵素成分を同定し、膵臓からの膵島細胞回収率を飛躍的に向上させる新規酵素カクテルを開発しました。現在、膵臓から膵島を分離するためのタンパク質分解酵素には、異なる二種の細菌酵素(コラゲナーゼ
注2
およびサーモリシン
注3
)のカクテルが世界中で広く使用されていますが、低い膵島分離効率が大きな課題でした。これまでの研究により、コラゲナーゼ産生菌由来の他の酵素成分が膵島分離成功の鍵を握る事が指摘されてきましたが、その成分は不明のままでした。今回我々は、この鍵を握る第三の成分がクロストリパイン
注4
という酵素である事を同定し、この酵素を用いることで膵島分離成功率および分離膵島の活性を大幅に向上できることを初めて明らかにしました。この結果は、現在の膵島移植の最大の課題の一つである「膵島分離の低い効率」を改善する上で極めて有用な知見になると思われます。
この研究成果は、米国の国際学術誌Transplantationの電子版に3月24日(米国東部時間、日本時間3月25日午前6時)に掲載されました。
【論文題目】
Synergistic effect of neutral protease and clostripain on rat pancreatic islet isolation
(膵島分離における中性プロテアーゼとクロストリパインの相乗効果)
【研究内容】
膵島移植のような細胞移植治療は、全身麻酔や開腹手術を一切必要とせず、ごく少量の細胞を点滴の要領で注射することで済むため、次世代の画期的移植医療として大きな注目を集めています
(図1)
。しかし、提供された膵臓から膵島細胞を分離する技術は容易ではなく、世界のトップレベル施設においても膵島分離功率はいまだ30%程度であり、多くの善意に基づく提供臓器が有効活用されていないのが現状です。さらに、膵島移植にたどりつくケースでも、1個の膵臓から回収できる膵島の収量が不十分であるため、1人の糖尿病患者の治療に複数の膵臓が必要であり、膵島分離効率の改善が重要な課題でした。
膵島移植のためには、まず、臓器提供者から提供された膵臓から細胞分離酵素剤を使用して膵島細胞を回収する必要があります。現在、世界中の臨床現場で使用されている膵島分離酵素剤は、クロストリジウム菌のコラゲナーゼとバチルス菌のサーモリシン(中性プロテアーゼ
注5
の一種)のカクテル(混合物)です。しかし、これまでの研究により、第三の酵素成分と呼称すべきタンパク質分解酵素が膵島分離成功の鍵を握ることが指摘されてきましたが、その同定には至っていませんでした。
図1 膵島移植による細胞治療の概念図
我々は、コラゲナーゼを産生する細菌株であるクロストリジウム菌に多量に存在するタンパク質分解酵素クロストリパインに着目し、高純度なクロストリパインを作製することに成功しました。さらに、同じクロストリジウム菌の中性プロテアーゼ(ChNP)の高純度品も作製し、従来用いられてきたバチルス菌中性プロテアーゼであるサーモリシン(TL)と、膵島分離効率について比較しました。その結果、新規成分を組み合わせた酵素カクテルを用いて膵島の分離効率を飛躍的に増加させることができました (表1) 。また、分離した膵島の障害も、新規成分を組み合わせた酵素カクテルで最も低い(最も健康である)ことが明らかになりました。膵島分離の過程で、膵臓がもともと持っているトリプシン 注6 やキモトリプシン 注7 などの消化酵素が漏れだし活性化されると膵島に障害を与え、膵島分離功率を低下させます。そこで、これらの内因性の消化酵素の活性を調べたところ、従来の酵素カクテルを用いた方法では、トリプシンおよびキモトリプシンが強く活性化されていましたが、新規酵素カクテルを用いた方法では、トリプシンの活性化は軽度ですが、キモトリプシンは従来と同程度まで活性化されていました。このことは、トリプシンによる膵島の直接障害を回避しながら、キモトリプシン由来の連鎖反応により効果的に膵組織の消化が行われていることを示唆しています。
表1.従来の酵素カクテルと新規開発した酵素カクテルとの比較
本研究により、膵島分離成功の鍵を握る第三の酵素成分がクロストリジウム菌のクロストリパインである事が明らかとなりました。また、クロストリパインは、同じ菌の中性プロテアーゼと組み合わせることで相乗効果を発揮し、膵島の質を落とすことなく膵島分離効率を効果的に上げられる革新的酵素剤であることを実証することができました
(図2)
。今回新しく開発した膵島分離酵素カクテルは、これまでの大きな課題であった膵島分離効率を飛躍的に改善し、膵島移植治療の成績を改善すると期待されます。我々は既に世界に先駆け、臨床応用可能なクロストリパインの純正品を開発することに成功しているため、今後その実用化へ向け、研究を推進していきます。
本研究は文科省橋渡し研究支援推進プログラム、科学技術振興機構地域産学官共同研究拠点整備事業(TAMRIC)、および東北大学大学院医学系研究科共通機器室によってサポートされました。
図2.新しい膵島分離酵素カクテルの概念図
【用語説明】
注1.膵島:膵臓の中にあるホルモンを分泌する細胞の集団。インスリンを産生するベータ細胞が含まれる。健常人の場合、一つの膵臓内に約100万個の膵島が存在する。
注2.コラゲナーゼ:コラーゲンを分解する酵素。試験管内研究用および組織移植?再生医療等において、他のタンパク質分解とともに細胞等の分離?分散に用いられる。
注3.サーモリシン:細菌Bacillus stearothermophilus由来のタンパク質分解酵素。
注4.クロストリパイン:細菌Clostridium histolyticum由来のタンパク質分解酵素。
注5.中性プロテアーゼ:pHが中性で温度が37℃程度という生体内と同じ条件下で働くタンパク質分解酵素。
注6.トリプシン:膵液に含まれる消化酵素の一種。キモトリプシノーゲンを一部加水分解し、活性型キモトリプシンとするのに必要な酵素である。
注7.キモトリプシン:膵臓から分泌される膵液に含まれる消化酵素の一種。エンテロキナーゼ、トリプシンにより切断されることで活性型となる。